“Lennon” 〜ボクの声が叶えてくれたこと〜

“Lennon”

<はじめに>

私にとって、2012年は、憂鬱と焦燥感と共に明けました。

どうしてうまくいかないんだろう。
どうやったら、私のメッセージは、もっと多くの人に届くんだろう。

 

ジェフ夫さんの実家に帰省して、家族と新年を祝った後のこと。
ひとりこたつの中で、なにをやっても思うような結果が出せなかった2011年を振り返りながら、つらつらと新しい年に思いを巡らせていたときのことです。

ふと、「小説を書こう」という思いが舞い降りました。

 

それまで、ただの一度も、フィクションを、ましてや小説を書こうなどということを考えたことはありません。
そんなことができるのは、ごくごく一部の、才能に恵まれた人だけだと思っていました。
それなのに、その突然舞い降りた思いは、私の気持ちをぎゅっとつかんでしまいました。

 

いわゆる「ヴォイトレメソッド」なんて、もう出尽くしている。
ダイエットやトレーニングに魔法が存在しないように、エポックメイキングなヴォイトレなんか、もはや存在しない。

人は声のトレーニング方法が知りたいわけじゃないんだ。
「どうなれる」という約束が欲しいんだ。

大切なことはトレーニングなんかじゃない。
自分自身の「あり方」だ。

 

しかし、「あり方」なんて、どうしたら伝えられるんだろう?
多くの人が「こうありたい」と憧れるような人は、
どうしたらその人みたいになれるかなんて、教えてくれたりはしない。
おそらく、自分自身も、そんなことを説明できない。

 

人は、「こんな声」という漠然としたものではなく、
「生き方」や「生き様」のような、声がくれる、さまざまなチカラを手に入れたいんだ。

 

声のチカラが伝わる物語?
声によって成長し、人生を切り開いていく人物の物語・・・。

 

そんな風に想いを巡らせているうちに、
ふと、とあるしょぼくれた若者の姿が、ふわ〜っと、舞い降りて来ました。

 

いきなり生まれた主人公は、やがて私の頭の中で、勝手にしゃべり出し、
PCを打つ手を止めるのももったいないくらいのスピードで、
さまざまな人に出会い、さまざまな経験を積んでいくことになります。

あたかも、本当に、そこに存在しているかのように・・・

 

物語は、こんな風にはじまります。

 


 

<Prologue>

ボクは腐っていた。

一体全体なんだって、あんなこと言われなくちゃいけないんだ。
ボクが一体、何をしたって言うんだ。

腹立ちと悔しさで頭の中がぐらぐらとゆれ、無力感でカラダの芯が痛んだ。
人生最悪の気分だ。

帰り際に、いきなりバイトをクビになったのだ。
なんの前触れもなく、いきなりだ。それも、他のバイトの子たちの目の前で。

談話室で帰り支度をしながら、みんなで談笑していた時のことだ。店長の飯村が部屋に入ってきたかと思うと、いきなりキレはじめた。全くの寝耳に水。飯村の口から出てくるのはまともな大人のセリフとは思えない、言いがかりばかりだった。

ああいうのをパワハラっていうんだ。ふざけるなよな。

ボクはみんなに顔を見られたくなくて、店を出ると真っ直ぐ、駅とは反対の方向に歩き出した。
どこをどう歩いたのかはわからない。渋谷から代官山を抜けて、気がつけば、川沿いの道をとぼとぼと歩いていた。

8月の目黒川は水位がすっかり下がって、ドブのような異臭を放っている。
首筋からじっとりと汗が噴き出した。

 

「おまえさぁ、暗いんだよね。」
歩きながら、飯村の意地の悪い声を、何度も反芻していた。

「おまえさぁ、暗いんだよね。
まわりとちゃんとコミュニケーション取れてないじゃん。ぼそぼそぼそぼそ、なに言ってんのかわかんないし、キッチンに注文は通せないし。おまけに何をやらしても遅くてさ。

おまえの声聞いてると、士気が下がるって言うか、いらっとするっていうか。とにかく店の雰囲気悪くなるわけ。」

飯村がボクのことが気に入らないのは、以前から知っていた。

今年4月、ボクのことを可愛がってくれた前の店長、田中さんが郊外の店舗に飛ばされて、代わりにやってきたのが飯村だ。売り上げを上げるために本社から送り込まれてきたという飯村のせいで、アットホームで楽しかったお店の雰囲気はがらりと変わってしまった。

お化粧のしかたや私語についてまで厳しい規則がもうけられ、バイトの女の子たちの何人かは、間もなくやめてしまった。

ボクも1年以上お世話になっていた田中さんのことを、忘れられないようなところがあって、知らず知らず、態度に表れていたのかもしれない。
飯村はそんなボクが気に入らないようだった。

挨拶が暗い、お客さんが気持ちよくオーダーできない、調理場への注文が通らない・・・折りに触れ小言を言っては、ボクに倉庫周りの品だしをさせたり、調理場の食器洗いをされたりと、店の奥へ奥へと押しやった。ボクが自分からやめるというのを待っているかのようだった。

もちろん、やめちゃおうかな、と思ったことがないわけではない。
やめなかったのには、ボクなりの理由があったんだ。

「お客さんってのはさ、カフェのムードにお金を払うワケよ。
垢抜けないヤツが働いてれば、店が垢抜けなく見える。暗いやつに接客されたら、お客さんの楽しい気分は台無し。それじゃあ、また来て、お金落っことそうと思わないじゃん?
おまえみたいにさぁ、どう見てもカフェとかバーとか無縁のヤツがウェイターやってると、マイナスイメージはなはだしいワケ。」

 

悔しかった。
ボクだって、自分が社交的じゃないことぐらいよくわかってる。
それでも、一所懸命感じよく、明るく接客してきたつもりだし、注文だってできるだけ声を張ってやってきた。注文が通りにくくなったのは、最近忙しくなって、調理場が騒がしくなってきたからで、一所懸命声を出すと、すぐ声が枯れちゃうのは、生まれつきなんだから、どうしょうもないじゃないか。
暗いとか、垢抜けないとか、なんで、あんな酷いことを言われなくちゃいけないんだ。よりにもよって・・・

頭の中でことばがぐるぐると巡る。どうせクビになるのに、一言も言い返せなかった自分が悔しくて、気持ちはどんどん滅入った。

いつのまにか川沿いのオシャレなカフェが建ち並ぶ一角にさしかかっていた。
後ろから来る車をやり過ごして、道の傍らに身を寄せると、目の前の道が少しだけ奥に入り込んでいることに気づいた。
車寄せのために奥まって建てたと言うよりは、土地の形が昔からそんな風に三角形に切り取られているかのようだ。

ふと目をやると、その斜めに切り取られた土地の片隅に大きな木製の扉が見えた。ノブがやけに凝った作りの洋風の扉で、窓はどこにもない。
ヨーロッパ風の鉄製の小さな看板に「Lennon」という文字が切り抜かれていた。

こんな店、あったかな?
大好きなジョン・レノンのスペルを指先で描いて、ほんの一瞬、ボクの気持ちがゆるんだ。

細く開けられたドアの隙間から、“Imagine”が聞こえてきた。

なんだ。そのまんまじゃん。なんのひねりもないね。
皮肉な一瞥を投げて、また歩き出したボクの頭の中に“Imagine”の冒頭の歌詞が巡った。

想像してごらん 天国なんてない

天国なんかない。
今のボクには「天国なんかない」っていうのは一番ぴったり来るフレーズだ。
たぶんジョン・レノンは、誰かを救いたかったんだろうけど、
そのことばは今日のボクの気分を余計に滅入らせた。

また下を向いて歩きだそうとした瞬間、
「お前みたいに、どう見てもカフェとかバーとか無縁のヤツが・・・」
という飯村の声が、稲妻のように蘇った。
ボクは、衝動的にきびすを返し、気がづけば「Lennon」の扉を開けていた。

<1>

薄暗い店内は1メートル近く幅のある、重厚なカウンターが入り口から店の奥まで続いているだけのシンプルな作りだった。
カウンターに平行に置かれた大きな棚は、裏からライティングされていて、並んだボトルのひとつひとつの美しさが際立っていた。

カウンターの一番奥に女性客が一人、アンティーク風のランプの灯で本を読んでいる。
店に入ったとたん、エアコンの風が一気に頭とカラダを冷やして、ボクはたちまち、扉を開けたことを後悔した。

なにやってんだよ。なにいきってるんだよ。金もないのに、あほか。

誰にも気づかれないうちに、さっさと出ようと思った瞬間に、カウンターの裏から「いらっしゃいませ」とよく響く、低い声がして、マスターとおぼしき男性がグラスを拭きながら顔を出した。

ボクの背筋に、今度は冷たい汗が吹き出した。お腹のあたりがずきんと痛んだ。

とりあえず、座るしかない・・・。
ボクは財布の中の千円札が何枚だったか思い出そうとしながら、大きく息を吸い込んで、目の前のイスをひいた。
コンクリートの床をスチールのイスがこする音が店内に響いた。

「何にしますか?」
30代なかばくらいだろうか。GIカットで白いシャツを粋に着こなしたマスターは、ちょっぴり日焼けした大きな手で、ボクにおしぼりを出してくれた。

かっこいいよな。こういうのを垢抜けてるって言うんだろうな。
いわゆる「負け犬意識」が最高潮に達した。
ボクは、なんとかそれを悟られまいと、精一杯落ち着いた大人っぽい声を出した。

「あ・・・ビールお願いします。」

「はい。ビールもいろいろあるんですよ。ハイネケン、バス、ヒューガルデン、ギネス、バドワイザー・・・」

「えっと・・・バドワイザーで・・・」
やっと知っている名前が出たので、ボクは慌てて言った。

「かしこまりました」

マスターは静かに微笑んで店の奥に入っていく。
BGMはいつの間にか、 “Jealous Guy”に変わっていた。
落ち着かない、惨めな気分で、ボクはほろ苦いジョンの声を聴いた。

「君、大学生?」

店の奥から、ちょっとハスキーな女の人の声がボクに話しかけてきた。

ボクは、どんな状況でも知らない人と話をするのは得意じゃない。まして、こんなに気分も居心地も悪い状況で、いきなり声をかけられて、心臓がどきんとした。
それで「はぁ」と目を伏せたまま、迷惑そうに答えたと思う。

「あ、ごめんなさい。うざいわね。」

その声の主は、ボクの気分がお見通しであったかのように、そう言うと、それきり黙った。妙に心地いい、気持ちに引っかかる声だった。優しい響きもあった。
いくら気分が悪いからって、なにもあんなに感じの悪い態度をしなくてもいいじゃないか。ボクは、今度は自分が恥ずかしくなってきた。

沈黙の中で、ジョン・レノンだけが歌っていた。

マスターが出してくれたバドワイザーを一口すすると、ボクは下を向いたまま、思い切って口を開いた。

「3年生です。」

女の人は微笑んで、めがねを外すと、こちらにゆっくりと顔を向けた。

「そう。いいわね。」

ハスキーなのによく通る、優しい声。
店の暗がりに目が慣れたボクに、その人の姿がハッキリ見えてきた。

少しだけハイライトの入った茶色い髪を長く伸ばして、ワイン色の柔らかいブラウスにジーンズ。シルバーのアクセサリーに踵の高いサンダルという服装で、その女性は座っていた。一体いくつなんだろう。親の世代より、ずいぶん上のようにも見えた。美人というのではないだろうけど、不思議な魅力がある。人なつっこい、丸い目をしたその女性は、微笑みながらまっすぐにボクを見ていた。

「あんまり元気ない感じなんだけど、なんか面白くないことでもあったのね。」

その女性の視線は、ボクの心の中まですっかり見通しているかのようだった。
それでいて、嫌な感じがしない。なんというか・・・

「おばさん・・・占い師とかですか?」

ボクがそう言うと、その女性の眉は一瞬にしてマンガみたいに片方だけつり上がった。「は?おばさん?」
さっきまでの優しい声は一瞬にしてハードな、すごみのある声に変わった。

「あ・・いや・・・えっと・・・」

背中を向けて棚に据えた音楽プレイヤーをいじっていたマスターが吹き出した。

「ははは・・・君、アマリさんをおばさんなんて言っちゃだめだよ、ははは・・・」

「シライくん。笑うとこじゃないでしょ!」

アマリさんと呼ばれたその人は、なんともユーモラスな表情でマスターをにらみつけると、一呼吸おいてボクの方に向き直った。

「キミね、あたしみたいなお洒落なオトナに “おばさん”はあり得ないわよ。」
そう言うと、くくく、と笑うマスターをギロリとにらみつけてから、今度は一転、いじけた調子になって、
「覚えてなさいよ。自分だって、ちゃんとあたしの年齢になる時は来るんだからね。そしたらおっさんとか呼ばれるんだから・・・」とぶつぶつと言った。

そんなおかしなやり取りを聞いて、ボクは少しだけ、気分の悪さや、居心地の悪さを忘れた。そして、会ったばかりの、このアマリさんという変なおばさんに、妙に親しみを覚えた。

アマリさんはグラスから一口お酒をすすると、がらりと雰囲気の違う、穏やかな調子で言った。この人の顔と声はおもしろいようにコロコロ変わる。

「あたしね、人の声を聞くと、たいがいのことはわかっちゃうのよ。」

「え?じゃ、いわゆる、チョーノーリョクシャってヤツですか?」

アマリさんはふふん、と鼻を鳴らして、ま、なんでもいいわ、と言い、ボクの目をもう一度、射貫くように見た。

「それよりね、キミ。いい声ね。」

「は?」

「キミの声ってコクがある。それでいてちょっとだけ、角のないざらっとした味わいがあって。ブランデーの中で溶けかけたザラメのような甘さというのかな・・・深みがあって、セクシーだね。」

何を言ってるんだ。この人?

生まれて21年間、声なんか、けなされたことはあっても誉められたことなんか一度もない
母親には、「なるべく人前で歌わないようにしなさい」と言われたものだし、学校の朗読だって、もっとハッキリ、わかりやすく読みなさいと何度言われたかわからない。
同級生にだって、滑舌が悪いと聞き返されたり、早口だと文句を言われたり、あげく、声が暗いとか小さいとか何考えているのかわからないとか、そんな風に言われ続けて生きてきたのだ。

そう。ついさっきだって、あの憎たらしい店長に、ボロカスに言われたばっかりじゃないか。

「あの・・・おば・・あ・・・アマリさん・・・でいいですか?
そう言っていただけるのはありがたいんですけど、ボクは自分の声、好きじゃないんで・・・。」

アマリさんは、天井を仰ぎながら、肩をすぼめると、ひときわ大きなため息をついた。全体にリアクションがオーバーなのがこの人の特徴のようだ。

「あぁ、かわいそうに。ここにもいたわ。」

「あ・・・いや、別に・・仕方ないです。もうとっくにあきらめはついてるというか・・・」

アマリさんは、ボクの方に向き直って、きっぱりとした口調で言った。

「あのね。あたしが可哀想って言ったのは、キミにじゃないの。キミの声。」

「え?」

「人間は、みんな完璧な声を持って生まれてきてるのよ。
ただ、その声をちゃんと出せていないだけ。
どんなにいい楽器持ってたって、演奏家がへたくそだったら、マトモな音すら出ないじゃない?
もしも自分の声が気に入らないとしたら、問題があるのは声じゃなくて、その声の持ち主、つまりキミ自身なのよ。」

 

ボクはますます混乱してきた。
これじゃあ、ほめられているのか、けなされているのかわからないじゃないか。
声は自分の一部じゃないのか?
いい声が出ないのは生まれつきじゃないのか?
完璧な声とか、その声の持ち主とか・・・この人は一体何を言ってるんだろう?

 

「いや・・・でも、ボクは生まれつきこんな声だし、ずっとこんな自分とつきあってきたわけで・・・どうしようもないじゃないですか。
別にボクだって、もっと明るく、いい声に生まれてたら、こんな風に思わないわけで・・・それでも、ボクだってそれなりに日々努力しているわけで・・・それなのに、今日だって・・・」

そこまで話すと、目の裏側がじーんと熱くなってきて、それ以上ことばが出なかった。頭の中に今日の出来事が洪水のように蘇ってきて、見ず知らずの2人の前で、ボクは不覚にも泣きだしてしまった。

アマリさんはすっと立ち上がって、ボクの近くの席に移動してきた。

「シライくん、シェリー、もう一杯ちょうだい。それと、彼にも同じものあげて。」

 


 

こちらは全194ページにおよぶ、おそらくは世界初のヴォイトレ自己啓発小説、“Lennon〜ボクの声が叶えてくれたこと〜”の冒頭部分です。

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2012年に書き上げてから、いつかは書籍として、もっともっと多くの方に読んで欲しいと思い続けている物語。

想いを込めて、お届けします。